以下の文は、NPO小諸いずみ会会報2004年12月号より
「いのちの家」所長の、川崎経子先生の文章を、御本人に
直接お会いし、許可を得て、掲載しております。






第3話
これは、1945年春、私の15才の日の経験である。
連日の東京大空襲の脅威に、ついに我が家も疎開の決断。
官吏であった父を東京に残し、母と私たち子供だけで山梨の
山村に疎開することになった。
 ところが疎開に当たって解決を要する問題があった。
空襲の被害を最小限に押さえるため、その家に落ちた焼夷弾は
その家で消し止め、延焼を防がねばならない。そのためどの家も
家を留守することは許されなかった。(実際、米軍の猛攻撃を
前に、そんな対策など役に立つはずもなかった)父は警戒警報
と共に役所に詰めるため、家は空になる。誰か住みこみで留守を
して下さらないか。しかし東京は徴兵の波で若い男性の姿はなく、
残された老人や女性子供でさえ戦災と疎開で他県に流出し、
人口は日に日に減るばかり、万策尽きたその時だった。
 見知らぬ老婦人が鎌倉から突然訪ねてきた。彼女はある易者
を心から信頼し、何事によらず指導を仰いでいた。易者の指導で
株の売買をすれば必ず儲かり財産を築き上げたし、息子は次々と
事業に成功し、今では4つの軍需工場を経営する責任者として
懲役も免れているという。まことに結構づくめの話だった。
 一方その頃、湘南一帯は米軍上陸の候補地といわれ、海岸
近くの主婦達は敵の上陸に備え、一人一殺を目標に竹槍の
稽古をさせられていた。近代戦に竹槍とはナンセンスきわまる。
鬼畜頴米、一億玉砕、神州不滅、等々、勇ましいのか、
悲壮感なのか、ヒステリックとも思えるスローガンは町々貼り
めぐらされ、戦意を煽っていた。敵は物量にものを言わせているが、
日本には大和魂がある。また神仏のご加護もあり、必ず神風が
吹いて戦局は逆転し、日本は勝つと信じさせられていたーと
いうより信じる他なかった時代であった。先行きの見えない不安
定な時代には易や占いが大繁盛する。日本国家がカルト化
していくに従い、良心と理性はにぶり、易や占いのオカルト類も
また急速に蔓延していった時代であった。
 前述の老婦人も、信頼している易者にどこに疎開すべきか
お伺いを立てた。すると意外も意外「日本全国どこも難を
免れないが、東京山の手の一角にただ一ヶ所安全なところがある。
高田馬場一丁目、小滝橋方向に徒歩10分、庭に池のある
二階家がそれだ。その家には焼夷弾も落ちず、延焼もない。
今、疎開のため留守番を捜している」というご託宣であったそうだ。
そして教えられた通りに歩いてきて我が家を見つけ、狂気せんばかり
だったのだ。老婦人は庭に立つと、「ああ、先生の言われた通り
山の手線の音が幽かに聞える。やはりここだ」と確信を深めた様子
だった。父は驚き占いに頼る愚かさを説いて聞かせたが、一家の
固い意志は変わらず、毎日「家を借りたい」と日参してくる始末。
ついに父も「私はお勧めできませんが、そちらの責任で住んで下さる
ならどうぞ」ということになった。
 5月初旬の晴れた日、軍用トラックで鎌倉の一家の荷物が届いた。
戦災から守るつもりか、目を見張る高級家具が次々と運び込まれ、
最後に美しいお嫁さんが生まれて間もない赤ちゃんを抱いて
現れた時には、私達は驚きのあまり言葉を失った。母は誰一人知人も
いない未知の土地に疎開する心細さからひどく動揺し、「ここが安全
なら疎開したくない」と言って父に叱られた。後ろ髪を引かれながらも疎開
先に出発したのだった。
 そして5月25日夜の東京大空襲で我が家は灰に帰した。
その夜は警戒警報と空襲警報がほぼ同時に鳴り響き、夜空はB29
爆撃機が大編隊で覆われ、焼夷弾の絨毯爆撃が始まると忽ち
火災地獄が出現したという。猛烈な火の手が夜空を真っ赤に
染め始めると、鎌倉の一家はいち早く逃げ出した。父が家を離れる時
はあたり一面火の海で、焼夷弾が耳元をヒューヒューと不気味な音を
立ててかすめては炸裂する中を、父は一杯のバケツと一本のタオルで
口を覆い、目を拭き、衣服を濡らし、火の粉を叩き消しながら必死で
逃げたという。「イエヤケルモブジ、あんしんせられたし、チチ」
疎開先でこの電報を受け取った時の記憶は、今も鮮やかである。命
からがら逃げた鎌倉の一家も幸い怪我もなく無事だったことは
不幸中の幸いであった。
 「当たるも八卦、当たらぬも八卦」占いに身を委ねた愚かさを私は
身に染みて痛感させられた。現代も、先行不透明で不安な世情にあり、
占いへの関心も高い。テレビでも視聴率アップのため、各チャンネルが
競い合って星占いなどを放映し、若者向けの週刊誌は読者を
ひきつけたいために易や占いを扱っている。昔と違いマスコミの影響力
は大きい。嘆かわしいことだがご利益や霊現象だけを宗教だと勘違い
する日本人はますます多くなるだろう。日本の将来のためにも、
有害無益で実体のないものに身を委ねる愚かさと恐ろしさを
悟ってほしいとつくづく願うものである。




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