以下の文は、NPO小諸いずみ会会報2004年6月号より
「いのちの家」所長の、川崎経子先生の文章を、御本人に
直接お会いし、許可を得て、掲載しております。







 前号では、姓名判断のインチキを暴いた。しかし、一度占いに凝った
人たちにとっては「姓名判断なんて、たかがお遊びさ」と割り切った
つもりでいても、いざ最愛の我が子の命名となると姓名判断を無視する
ことは到底出来ないようである。それほど占いのマインド・コントロールは
人々の心を捕らえて離さないものらしい。
 蛇足を承知の上で、もう二つ例を付け加えたい。
今をときめく演歌歌手、五木ひろしは、無名時代に人気歌手を目指し、
姓名判断に頼って松山数夫、松山まさる、一条英一、三谷謙と改名
しまくり、五回目の改名、五木ひろしで爆発的人気を得た。では、
当たる確率は五分の一と考えてよいのか。それとも、他の要因が揃って
売れ出した時が、たまたま五回目の改名の時と偶然重なっただけなのか。
その判断は本人がどう考えるのか、本人の気分や感じ方にかかれている。
必ず売れるというお墨付きの芸名に何回改名しても売れず、消え去って
いったタレントは数知れない。「占いが当たる」というが、その
「当たる」は悲しいかな、「外れる」ことが当たり前の前提があってこそ、
成り立っている言葉である。
 もう一つはごく身近な例である。毎回「いずみ」に「いのちの家の山野草」
を書いて下さっている山田富稔さんのお名前である。
古い専門家によると、豊臣秀吉と徳川家康の中間をいく、稀にみる
すぐれた字画だとか・・。山田さんは「いやぁ、私を見て下されば、
姓名判断が全く当たらないことがよくわかりますよ。私がよい見本です。」
と言われるが、その通りだ。秀吉も家康も権謀術数を弄し虎師耽々と
狙って勢力を拡大していった大野心家で、その権力は一世を風靡した。
それに反して山田さんは、総理大臣おろか、国会議員でもない。
長者番付に縁のある大富豪でもない。定年退職後も技術者として
数社のコンサルタントをしておられるが、ノーベル物理学賞とも縁がない。
田圃と畑で農業にも携わっている。趣味でオーボエをも奏されるが、
その道の大家でもない。「いのちの家」の労多くして報われない面倒な
お仕事を、いつも和やかにこなして下さる山田さんの無償の奉仕に、
どんなに助けられていることか。その山田さんのどこが秀吉と家康の中間
なのか。山田さんの幸せ度が天下一だという理由は何か。
確かに、山田さんの幸せは秀吉も家康も絶対に出に届かない、
私達庶民の幸せをもっておられる。その点では、秀吉や家康より
遥か上なのだ。ああ、姓名判断は、矢張り全くあたらない!

 さて、今回の方位方角(風水)も話題に入ろう。その前に、全ての
占いの土台である中国の易学に触れておきたい。
 易学は、週極五経の一つの易経の陰陽五行の原理を応用したもの。
今日では噴飯ものでも、3千年前に、よくぞこのような理論を拵え上げた
ものと感心する。儒教に大きな影響を与え、時の権力者の思想の拠り所
となり、学問として栄えた。奈良時代の陰陽博士や陰陽寮、室町時代の
足柄学校がよい例である。近代になり、その非科学性が明らかになると
易学は今度は「中国太古からの先人の知恵」と称し、オカルトに身を
包み、見栄も外聞も捨てて、易者の道具に成り下がって、逞しく
生き延びている。
 では、その根本原理と言われる陰陽五行について説明しよう。
万物は相反する陰と陽の組成や異変で存在し、吉凶もすべて陰と陽
の消長によるとするのが陰陽の説。「全ては一に帰する」「一切は空」
と同じで、拡大解釈が可能という利点があり、権力者の庇護の下、
儒教と共に東洋思想に根深く定着してきた。韓国の国旗が、中央に
太極、その中に陰陽、四隅に天地火木の四掛を配し、儒教性を
掲げているのもその浸透度を示すよい例である。日本への影響も
測り知れない。
 五行とは、天地宇宙の間に絶えず循環流動する五つの元素を
木火土金水という。この木火土金水は互いに相生、相剋し合う。
この相生、相剋から吉凶が生じるという。何しろ、まだ地球は平らで、
地の果てで海水が瀧となって流れ落ちていると信じていた時代、
太陽系など宇宙から見れば埃屑同然なのに、どう勢い余ったのか、
この五行元素を何の根拠もなく、木星や火星、土星・・の五惑星に
当て嵌めたばかりか、全宇宙の森羅万象は、この太陽系の五惑星
の相性、相剋を軸に変転を繰り返していると定義したのは、無知の
故とはいえ、おこがましい限りだった。
やがて1781年に天王星が、1846念に海王星が、1930年に
冥王星が発見され、八惑星になっては、もはや五行は辻褄が
合わずその非科学性をさらけだしたまま放置されるに至ったのである。

 では風水の話に移ろう、風水は、この古色蒼然たる陰陽五行に、
十千(甲乙丙丁戌己・・)や十二支(子丑寅卯辰・・)を組み合わせた
占いである。全くの迷信だが、いざ家を建てるとなると、知識豊かで
常識的な人さえ、風水を気にする人は意外と多い。
 風水が日本に渡来したのは、仏教や易経た暦が輸入された西暦
500年で貴族の間に普及し、江戸中期に大衆化した。基本的には
現代の建築に通用するものが多く、当時の生活の知恵でもあった
ようだ。ところが次第に解釈が多様化し、あれも凶、これも凶となった
ようである。
 「南の台所は病難の相、西南では食べ物が痛む。
西向きは色難の相、北は陰気。東北は癌。よい台所は東向き、
東南や西北もまずまずです。
 浴室は火と水の場所。陰陽五行説から見ても東か東南に
限り、あとは皆凶です。一番問題はトイレ。東トイレは長男の
非行化と家出、東南は長女が内臓疾患で嫁げない。
南トイレは婦人病や火災の相、南西は無気力と下痢。西向きは
ギャンブル狂の浪費家が出てイザコザが絶えない。西北トイレは
主人が上司と衝突し自滅。目の難病もある。東北は体の関節
痛と血液の病・・・・」
これではトイレは庭に置くしかない。風水に耳を傾けたら奇妙で
不便な家になる、今の日本の家屋を風水で占ってみたら99%
以上が凶になることは間違いないだろう。

 家相にはその中に昔ながらの知恵もあるが、今や、私たちは
換気力アップ、水洗化、冷暖房設備、給湯システムなどが
飛躍的に進歩した時代に生きるている。台所、浴室、トイレの
場所を気にせず、家相はナンセンスと割り切ればよい。
それでも気になるなら、ある家相の本に「小さい家に大勢で
住むのは活気がありて吉」とあるので、窮屈この上ないマッチ箱
のように小さい家を建て、一族郎党を集めて住めば、全員
幸せになれるはずだ。

 最後にダメ押しの一言。
風水は誰が何と言おうと、北半球の温帯地域にしか通用しない。
南半球では理屈が合わないからだ。その上、極端な話になるが、
北極の極点に北はない。南極の極点に南はない。
その極点に家を建てる場合、家の中心点がお。0.01ミリ
ずれても、方角に大きな狂いが生じ、吉凶が逆転し、
とんでもない所に鬼門も生じる。こんなに怖い話はない。

 「風呂場が鬼門に当たる。どうしよう!」
 「大丈夫、きもん(着物)脱ぎますから。」
これは落語のオチだが、どうせ脱ぐなら遠慮せず、風水は勿論、
姓名判断、手相、人相、骨相、印相、墓相、気学、先祖霊、
祟り、心霊現象に至るまで、オカルトの全てを脱ぎ捨て、束縛から
解放されて、明るく自由な人生を晴れ晴れと歩んで頂きたい。

この連載にご感想やご意見、ご質問がありましたら是非是非
お聞かせ頂きたくお願い申し挙げます。


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