■素人として、少数の人々と共に

         理事長 浅見定雄

 「いのちの家」の特徴は、大きく分けて二つあると私は
考えています。一つは、この会を実際に運営していくのが、
主としてキリスト教関係の「素人」だということです。私たちの
背後には、幸いにも専門の心理学者や精神科医、また
法律の専門家(弁護士)の方々がおられます。ですから
私たちは、問題が自分自身の手に負えない、あるいは
負えると思うべきでないと気づいたらすぐ、それを専門家の
手に委ねることができます。

 一方私たちは、精神科医でも何でもないという意味では
「素人」ですが、人の「こころ」の問題に関しては、みな長年、
牧師や教師として、あるいは一人のキリスト者として、
数知れない人々の「こころ」と向き合ってきた者です。また
そのために、「牧会心理学」「カウンセリング」一般のことも
学ぶよう心がけてきました。その結果「カウンセラー」の資格を
持つ者や「いのちの電話」のベテランもおります。

 以上のことと「いのちの家」の性格とは深い関係があります。
「いのちの家」が新聞等で「日本でも珍しい施設」として
紹介されたわけは、それが特定の病気とか障碍を持つ人々の
ための施設ではないということです。そういう施設は、日本でも
最近は分野ごとにかなり増えてきました。それに対し
「いのちの家」の家の特徴は、病院とか保健所へ行っても
たぶん支援の対象とは認められない、そういう意味で「普通」の
人々が、カルトの後遺症とか家庭関係とか「自分探し」の
迷路の中で前へ進めないでいる──そういう人々に、休息と
「充電」の場を提供しようとする点にあります。

 もう一つ、「いのちの家」の特徴は、建物の大きさに較べて
収容人数(滞在できる人の数)が少ないことです。滞在者用の
部屋は6室しかありません。しかもみんなが自分一人になれる
ことが原則ですから、滞在者の数は多くて6人ということに
なります。「いのちの家」は寮でもなければ、固定した人々が
長期間暮らす施設でもありません。滞在者同士、滞在者と
所長さん、あるいは滞在者と地元の運営委員や訪問者との
間に自然と心の交流が生まれ、一緒に語り合ったり、土に
親しんだり、散歩に出たり、ということが起こるのは望ましいこと
です。しかしまだその気持ちになれない人にまで無理を強いる
ような規則は「いのちの家」には全くありません。あくまで
滞在者一人一人の「こころ」が優先されるのです。この
安心感から、すべてが始まることを期待しています。

 しかし考えてみると、これから「いのちの家」が順調に
動き出して、もし常時2〜3人の滞在者が居るようになる
とすれば、ここで羽を休めて羽ばたいて行く人々は、単純に
計算しても年間では三桁の数に達することでしょう。それが、
私のようにもう70歳の坂を越えてしまった人間が世を
去ったあとまで、10年も20年も続いていったら、どれだけの
人々が「いのちの家」を通過してくれることでしょうか。一人の
人の魂は全世界よりも尊いという聖書の教えを考えれば、
これはすばらしいことです。

 「いのちの家」がここまで来るのには、数え切れないくらいの
人々の支援と、また越えなければならない多くの問題が
ありました。しかし今は、問題の前にたじろぐより、課題と
責任の重要さに眼をとめ、ひたすら前進して行きたいと思います。

  2002年12月    い ず み 2号         
  NPO小諸いずみ会「いのちの家」会報より

 

■ 「心の救済」にむけて
                          弁護士:紀藤正樹
  
「子供が突然家出をしてしまった。」
「どこに行ったのか分からない」
「統一教会ではないのか」
「オウム真理教ではないのか」
「○○○ではないのか・・・」。
  こうした相談が筆者のもとにあとを絶たない状態にあります。
多忙な中、できるだけ相談に応じようと思ってはいますが、
弁護士は法的な紛争解決を目的とする仕事であり、
「家族の絆を取り戻す。」「家族の精神的支えになる」には
自ずから限界があります。まして、弁護士はカウンセラーでも
ありませんし、家族を積極的にカウンセリングする力量は
ありません。

しかし、家族は、何とかつてをたどって弁護士である筆者のもとを
訪れます。藁をもつかむような状態にあるのです。その努力たるや、
計り知れません。相談の中には、著名な団体ではなく、まったく
無名の団体の相談や、また駆け落ちとも思える「男女の問題の
延長線上」と思える相談もあります。もちろんその場合でも親子の
断絶を方向づける一方、当事者の働きかけがある場合があって、
単なる男女の問題と言えないものも多くあります。

  「急に性格が変わってしまった」「洗脳ではないか」
「言葉が通じない」と訴える家族の悩みは尋常ではありません。
これまで仲の良かったはずの家族の絆が引き裂かれることの
つらさは想像を絶します。親の子供に対する思いは、海よりも
深いのです。元々不仲な家族なら問題はそれほど大きくは
ないかもしれませんが、「あの優しかった子が」「あの何でも
話してくれた子が」と感ずる家族であればあるほど、親を
サタン視し、親を口汚く罵る子供の変わりように驚愕し、
そして悲嘆に暮れます。また幸運にして何年かして、子供が
帰ってきたとしても、親の愛情を一身に受けてすくすくと育った
子供(被害者)であればあるほど、親を罵倒し非難し、そして
社会に対しても自分の行った罪の大きさに深く傷つき、
精神的被害も大きいのが現実です。
  
 他方、家族など、支えてくれる親族のない被害者も存在します。
こうした被害者は独力で立ち直ることが要請されます。
その苦労も計り知れません。しかも、組織をぬけて一人になった
途端、すぐに働く場所がない、住居もない、知人もいない。
こうした三重苦とも言える現実に向かい合うことになります。
  こうした家族や被害者らが自らの力で立ち直る努力を少しでも
手助けしたい。こういう思いで「特定非営利活動法人・
小諸いずみ会・いのちの家」は設けられました。現在
「いのちの家」は、カウンセリング料を一切取らない体制を
続けています。これはひとえに所長の川崎経子先生の
献身的な努力に負っているもので、いつまで続くか分かりません。
滞在費も1泊3食付きで2,500円、現在の日本ではきわめて
安くおさえてあります。さらに経済的事情のある方には別途
考慮するとも言います。これもひとえにいずみ会のスタッフの
ボランティア的努力の所産であります。そしていずみ会の趣旨に
賛同し、会の財政を支えるのは、年間5,000円の会費と募金
だけです。不肖、筆者も「いずみ会」の会員であり、またささやか
ではありますが募金もしています。いつまでもこの「いずみ会」の
努力を続けるためには必要な支えと考えています。
  
 「いのちの家」は2002年8月3日に開所し、今年2年目の春を
迎えました。「いのちの家」のような滞在型リハビリテーション
施設で、これほどまでに献身的な施設は過去日本になかったと
思います。歴史の1ページとして、いつまでも必要な施設だろうと
信じています。その意味で筆者は、陰ながらも、いつまでも
いずみ会を応援したいと思っています。



■「いのちの家」の近況報告
              所長:川崎経子
          
  真夏のカッと照り返る太陽の下で迎えた開所式から早や8ヶ月、
厳しかった冬も去り、暖かな春を迎えております。
「いのちの家」はこの8ヶ月間、皆様のお祈りとご支援に
支えられて精一杯に活動を続けてくることができました。
心から感謝申し上げます。

  とはいえ、まだヨチヨチ歩きを始めたばかりの「いのちの家」です。
課題は山積しています。日本で前例のない滞在型カウンセリング
という事業に取り組んだのです。当然、戸惑うこと、驚くこと、
意外な事態に直面して、目を白黒させることもあります。
そして、こうした波のうねりや流れの中で、「いのちの家」の
方向性も少しずつはっきりしたものになってきました。
  
 何より嬉しいのは「『いのちの家』があって本当によかった。
助けられた」という感謝の声を聞く時です。「いのちの家」の
存在が現代社会で本当に必要とされているという確信は
深められております。

   開所当初私は、その特色である「滞在者対象のカウンセリング」
に主に力を注げばよいと考えていましたが、その考えは忽ち崩れ
去りました。「滞在者へのカウンセリング」の他に「電話による
カウンセリング」があり、そのために割く時間は実に大きいものが
あります。また悩みを持つ地元の方々を初め、インターネットの
掲示板を見て訪れるカルト宗教の脱会者などを対象とする
「訪問者へのカウンセリング」も重要です。最近は、こちらから
「出張してのカウンセリング」も加わり、活動の輪は
広がっています。プライバシーに触れない範囲で、利用者や
関係者の声を通してそれぞれの活動を報告させて頂きます。

  これは、ある父親からの手紙
  冠省    この度は娘を入所させて頂き、誠にありがとうございました。
    ○日夕刻、娘は最近目にしたことのない晴れやかな表情で
帰宅し、堰を切ったように一週間のカウンセリングの様子、そちらで
経験したことを虚心坦懐に話し続けました。娘は2年半前、長年
勤務していた大阪の会社を辞めて、異常な心理状態で両親の
もとに戻ってきました。あの日以来、一度も見せたことのない謙虚で
穏やかな言動に、私ども両親は一縷の光明を見出した思いです。
迷いながら送り出しましたが「いのちの家にお世話になって本当に
良かった」とこみ上げてくる熱いものがあります。
   私ども両親は、高校の教師でした。娘は幼いときから
優柔不断のところはあるものの、まじめでおとなしい純粋な
子どもでした。その決断力の弱さが、社会に出たとき
人間関係の中でトラブルや挫折を繰り返すことになり、
今日に至ったようです。

  娘の荒れる日々に、私ども夫婦は失望と絶望でまさに
地獄を見る思いでした。やっと半年前から、家庭と
病院通いとボランテイアの仕事のトライアングルの生活と
なり、「私の人生を返してほしい」などの荒れ方は少なく
なりました。しかし世間並みの仕事に就ける日が来るのか
どうか、前途に光を見出せず、親子共々焦るばかりの暗い
不安な毎日が続いていました。まだ安心できる状態では
ありませんが「行って来て良かった!もっと滞在したかった。」
という反応に、嬉しさの余りペンを取った次第です。

  何よりも有り難かったのは、先生の親身のカウンセリングで、
自分自身を見つめ直す自己客観視ができたことです。
また、同じ悩みを持つ仲間と出会い、胸襟を開いて
気兼ねなく話し合い、自分よりもっと辛い立場の人々の
存在にも気づき、慰めと励ましを受けたことも大きな
収穫だったようです。

  現在の生活を暫く続けながら、4月ごろをメドに仕事に
就きたいと明るく話す娘とともに夕食のワインを傾けました。
涙が溢れて仕方がありませんでした。予想もしなかった娘の
躓きに、古希を迎えた私ども夫婦は不安と無念さで
いっぱいでしたが、絶望の淵から何とか這い上がれそうな
気がします。娘は「また行きたい。」と申しております。
そのときは、よろしくお願いします。私どもにとっても長野は
憧れの地となりました。「春になったら両親で長野に行って
見たらよい」と娘にも勧められました。ぜひ一度、訪れたい
ものです。浅間山、八ヶ岳、北アルプスの山々の雄姿が目に
浮かびます。

  問題は全面解決したわけではありませんが、多くの方々の
真心に支えられ、私ども夫婦も最後の力を振り絞って娘の力に
なりたいと思います。

  舌足らずですが、一筆御礼まで申し述べさせて頂きました。
ありがとうございます。

  もう一つ紹介します。
  私にとって、いのちの家の三泊四日は本当に貴重でした。
一歩外に出れば自然
が広がっており、全く違った考え方の示唆を与えられました。
隣近所の目や噂を気にすることもなく、私をギリギリに縛りつけて
いた縄がほぐれ、リラックスができると同時に心身ともに元気に
なっていくのが不思議でした。いろいろな経験を持つ仲間と親しく
語り合えたことも、必要なときにカウンセリングをお願いできたことも、
一人静かにゆっくりと考える時間が与えられたことも、一日一日を
充実したものとしてくれました。  帰宅してからの日々は、ごたごたの
中に巻き込まれそうな辛い日々ですが『現実逃避してもよい。一歩
引いてみるのも必要』との先生の言葉を思い出し、力づけられて
います。落ち込んだり、迷ったり、倒れたりの弱い私ですが、慌てず
焦らず諦めず無理をせず、自分を大切にしながら、自立の道を
模索していくつもりです。『いのちの家』で自分に対し少し自信が
取り戻せました。このように前向きになれたことを感謝します。
いのちの家の皆さん、特にピュアちゃん(ダックスの子犬)には
お世話になりました。かわいいピュアちゃん、元気でしょうか。
走り回っていますか。  『小諸には私の帰るべき家がある。』と
思うだけで落ち着きます。また伺います。ありがとうございました。

  以上の手紙はいずれもご本人が立ち直りたいというしっかりした
自覚を持っておられたため、「いのちの家」の提供するカウンセリングが
ぴったり合った例です。

  この他にも、滞在者は三十数名ですから、いろいろな例があります。
家族関係で現在にいたるまで心を傷つけられ、短期と長期の滞在を
繰り返した女性がいます。ご一緒に問題を考えてみました。
どのように手を打っても八方塞がりの問題に解決の糸口はなく、
絶望的でした。彼女は今、自分の気持ちの転換と家族との間に
適当な間隔を保つことを図りながら、前向きにいきる努力をして
います。このような方々にとって、長野へ行けばほっと寛げる
「いのちの家」があるということは、大きな力となっているのです。
  
 また、不安神経症のため家族への依存心が極端に強く、
入所することで家族、特に母親から見捨てられたような気持ちになり、
不安な状態になる方がいました。
不安と恐怖におののく彼女を支えていくカウンセリングで手一杯となり、
家族に迎えにきて頂きました。「いのちの家」のカウンセリングが、
本人にとって時期早尚だった例です。
  逆にカウンセリングに適した状態にありながら、パニック症や過呼吸の
不安で眠れない方には、いつでも私を叩き起こすことができるよう、
2階の個室ではなく、私の寝室の隣のお部屋を使って頂いくなどの
配慮もしております。
  
 統一協会の脱会者が、インターネットで「いのちの家」を知って、
もう一度統一協会の間違いを確認したいと、祝日や休日を利用した
短期宿泊をすることがあります。地下にある図書室兼資料室は、
いつでも自由に使用できますし、宿泊されるので、夜中まででも
話し合い、質問にお答えすることもできます。短い時間でより効果的に
多く学べるのは、滞在型カウンセリング施設ならではの利点です。

  次に電話によるカウンセリングの利用者の声を紹介します。
  
 私は、昨年6月の朝日新聞のこころの欄で、いのちの家を知り、
何度も何度もお電話で話を聞いて頂いた○県 ○町在住の
X子(25歳)です。転校、不登校から半ばひきこもり状態を繰り返し、
焦りと不安の中で相談相手を求めて電話をかけまくり、
驚くほどの電話代を使い込んでしまいました。その自責の念で、
死にたいとまで思っていたことをお話しました。また10年前から
パニック症、不安神経症となり、対人恐怖も加わり、強い自己不信や
人間不信に陥り,生きることに不安な日々を過ごしています。
医師のアドバイスに従っていますが、薬を飲まないとパニックになる
かもしれないという不安の中におります。
  川崎先生に何度も話を聞いて頂いて感謝しています。
『絶望しないでね。希望を持ってね』と言って頂いたことは、
今も心の支えになっています。
  お忙しい中、こちらの教会を紹介して下さり、ありがとうございます。
まだ門を叩く勇気はありませんが、そのうち行ってみたいと思って
います。また電話をさせていただくかもしれません。どうぞ、
お体ご大切に。

  電話カウンセリングは、極端に多い日もありますが、平均一日3件
くらいでしょうか。話の深刻さに2時間以上お話をきく場合もあります。
都合が悪い時は、改めてかけ直して頂きますが、丁寧に対応するよう、
心がけております。内容は、「子供が、統一教会に入ってしまった。」
という親からの電話も多く、そのほとんどは、インターネットで
「いのちの家」を知った方々です。(インターネットにどのように
紹介されているのか、まだ調べてはおりませんが。)その他、
「子どもの非行」「引きこもり」「商業カルト」「宗教上のトラブル」
「親子問題」「夫婦問題」と、種々様々です。私は素人ですので、
それぞれの専門家を紹介させて頂くケースも多くあります。

  訪問者へのカウンセリングは、一般に行われているごく普通の
カウンセリング です。電話のカウンセリングからの延長で
「是非一度会ってお話したい。」と来られる方が多くおられます。
内容は電話の場合と同じで様々です。
地元の小諸市周辺の方の場合では、引きこもりやウツ、
親子問題が圧倒的です。滞在者の場合と違い、時間の制約の
中で行うカウンセリングですので、技量と経験が問われます。
今後も勉強を続けていく必要を、痛感させられています。

  最後に出張してのカウンセリングがあります。これは、訪問者への
カウンセリングの延長で生まれました。現在は、一カ所だけです。
統一協会の信者であった一人の主婦が、余りにも過酷で度重なる
献金強要に疑問を持ち、脱会を決意し、その実態をもっと詳しく
知りたいと訪ねて来ましたことに端を発しています。
統一協会で、彼女の仲間だった主婦たちは、例外なく、少なくて
数百万円から数千万円を夫に内緒で献金させられ、
伝道と金儲けのため「決死隊」という組織に入れられ、まさに時も
宝も身も魂も捧げつくし、それが善であると錯覚していました。
漠然と疑問をもちながら、霊界の呪縛や脅しで脱会できなかった
主婦たちが、、彼女の脱会を知り、やがて一人また一人と脱会を
し始めました。そして、私の許に統一協会の真実の姿を知りたいと、
勉強に来るようになったのです。
そして、ついいに主婦の人数は、10人を突破してしまいました。
彼女たちには、脱会後のアフターケアーが必要ですが、主婦として
自由に動ける時間は限られています。
「いのちの家」への往復の時間もアフターケアーに用いられたら、
ということで、私が出張することになりました。「いのちの家」では、
カウンセリング料は、一切頂きませんが、出張の場合は、
交通費の実費はいただいております。今後、出張カウンセリングも
増えていくかも知れません。

  「いのちの家」の活動の現状は、以上述べた通りです。
開所当初の計画に狂いが生じ、目下専従職員は私一人です。
しかし現地では、運営委員会が設置され、活発に活動し、
私を支えていて下さいます。会計事務は運営委員の
山田富稔兄が、また会報「いずみ」発行の編集と印刷には、
岩村田教会の山本将信先生が当たって下さっておられます。
(山本先生は、4月から篠ノ井伝道所へ転任。)その他の
事務は、岩村田教会のクリスチャンの主婦たちが週二回来て
下さって、手分けしてご奉仕下さっています。少しずつ,事務の
体制も整いつつあります。

  滞在希望者は非常に多いのですが、医者でも心理学者でも
ない素人の私のお引き受けできる方々は限られます。
理事のメンバーの中には、立派な方々が多く、アドバイスは
受けられますが、常住しているのは、私一人だからです。本当に
お気の毒ですが、お許し下さい。
  また、意外だったのは、滞在者の数です。多いときは10名を
越えるときがあるのに、まるでお月様と同じで、満月が三日月に
変わるようなもので、次々と帰宅されると、急に2−3名になって
しまうのです。野菜や冷凍食品などをたくさん買い込んで、これで
安心と思った途端に少人数になり、慌てさせられたりもしています。
けれども、少人数になるときがあるからこそ、疲れた体を休め、
私自身がリラックスし、所長としての溜まった仕事をこなしていく
時間が与えられます。少人数もまた、感謝です。
  「いのちの家」の炊事やお掃除は、滞在者が手伝ってして
下さいます。決して強制ではありませんが、お料理の好きな方が
楽しんで作って下さった美味しい食事を、皆で和やかに感謝しつつ
頂きます。助け合いながら、楽しい生活をしている「いのちの家」は、
不特定多数の家族を抱える家庭のようなものです。
  よい家族を持った私は幸せ者です。神様の祝福とお導きの下で、
少しでも、悩み苦しんでおられる方々や、困った方々の問題の
解決や自立への、もっともっとお役に立つお手伝いができるよう、
これからも感謝と喜びの中で、仕事に励みたいと願っております。
「いのちの家」はこれからも、皆様に見守られながら、成長をして
いくよう努力したいと願っております。今後とも変わらぬご支援と
お祈り、ご忠告を賜りますよう、お願い申し上げます。


■「いのちの家」からの聖書メッセージ
    「じっと見る」                  川崎経子

 ・・・ペトロはヨハネと一緒に彼(足の不自由な男)をじっと見て、
「私たちを見なさい」と言った。その男が、何かもらえると思って
二人を見つめていると、ペトロは言った。「わたしには金や銀は
ないが、持っているものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの
名によって立ち上がり、歩きなさい。」・・・・・
   (新約聖書・使徒言行録3章1~10節)

  使徒言行録3章1-10は、ペトロとヨハネが神殿の「美しい門」の
傍らで生まれつ き足の不自由な男をいやした記事である。
  物乞いをするために神殿の外に置かれた男は、
ペトロとヨハネを見て施しを乞うた。それに対してペトロたちは
透徹した目でこの男をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。
男は彼らに注目する。「金や銀はないが、持っているものをあげよう。
ナザレ人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」
彼らが男の右手を取って立ち上がらせると、たちまち彼の足は
強くなり、自分の道を自分で歩めるようになって躍り上がり、
歩き回って喜んだという奇跡物語である。3〜5節の僅か数行に
「見る」という言葉が、意味合いの違う単語で四回も繰り
返されていることに注目したい。 男はペトロとヨハネを「見て」
施しを乞う。私たちもあの人は私とどのように関わってくれるか
という期待で相手を眺めることがある。 勿論、私たちはただ
受けるだけではない。好意には好意をもって接し助け合う
普通のお付き合いが始まる。
  
 しかし願望が強く、相手が要求の重圧やストレスを受けて
傷つくこともある。また無関心の中に放置される人々も出現する。
人間の生活の難しさがここにある。
  それに対し「じっと見る」とは、じっと見守り、理解し、ありのままを
そのまま受け入れて、私たちを本当に生かす愛の眼差しである。
  幼い日、高熱に喘いでいる私を、いつもじっと見守ってくれている
母がいた。心強かった。看病とは、何よりも病人を暖かい目で
じっと看ることである。
  では、じっと見るその目は、どんな目であろうか。
 「目が澄んでいれば、あなたの全身が明るいが、濁っていれば、
あなたの全身が暗い」(マタイ6・22-23)。
  澄んだ目は自分も相手も正しく理解し、冷たいまでに見抜き、
そして受け入れる目である。相手への接し方も見えてくる。
 「わたしたちを見なさい。」相手にも自分たちの偽りのない姿を
見てもらう。
しかし罪や汚れや弱さの中にいる私たちは上面(ママ)を飾り、
本心を隠し易い。どうして「わたしたちを見なさい」と言える
だろうか。それは、その罪や汚れや弱さにかかわらず、十字架の
血によって私たちを愛して下さった神の愛があり、そこに贖われた
者の喜びと平安の生活があるからである。それを指し示すこと
こそ重要なのである。男は前と違う視線で注目し、キリストの
平安に満ちた二人の姿に気づくのである。
  「金銀はないが、持っているものをあげよう」。
彼らは自分たちが何ができて何ができないかをはっきりさせた上で、
キリストの名による癒しを宣言し、手を添えて彼を立ち上がらせた
のである。

  私は牧師として、多くの方々の相談に応じてきた。そしてその
経験から、本人と生活を共にし、その中で本人のありのままを
理解してそのまま受け入れ、日常生活を通して行う愛情豊かな
カウンセリングがどんなに必要かを痛感した。私たちの背後には、
精神科医、心理学者、弁護士等等の多才な方々がいて下さり、
心強い限りであるが、素人の私にはできない事も多い。
それぞれの専門家にお委ねすべきケースも多い。しかし、
他のところではできないことがある。それは彼らをじっと見守り、
正しく理解し共に苦しみながら、自己を見つめ直したり、
問題を正しく理解するために、解決の道をもさくしていくことで
あると信じている。

 2003年8月    い ず み  4号
       NPO小諸いずみ会「いのちの家」会報 より



■傷ついた小鳥たち
                            山本将信
                (日本基督教団 篠ノ井伝道所牧師)
             (「いのちの家」理事・運営委員)
 
 この4月から長野市の篠ノ井伝道所に転任してきました。
最初の夜の印象は「さすがに25万人都市だけのことはある。
なんと救急車が良く走ることよ。それにしてもこんなに緊急を
要する病人やけが人が世の中にいるのか」という驚きでした。

  ところが朝起きて近所をよくよく見回して救急車が頻繁に走る
理由が分かったのです。教会の斜向かいは消防署です。そして
隣は救急病院だったのです。救急車が出動するたびに、また
市内各所から病院に搬入されるたびに、救急車のサイレンを
聞くのです。

  「いのちの家」に関わりをもつようになって改めて実感したのは、
心を痛め病む人がこんなに多いのかという驚きです。私は
牧師ですから普通の人より心を痛め病む人々との出会いは
多いはずです。その私が驚いているのです。  それは消防署と
救急病院の隣りに住んではじめて知る救急患者の多さに驚くと
同じく、滞在型カウンセリング施設「いのちの家」に関わりを
持つことで心病む人のおびただしさを改めて知ったのです。

  新聞で「いのちの家」が日本初の滞在型カウンセリング
施設として報道・公表されたとたん、全国から入所の
申し込みが殺到しました。

  もちろんその全員を迎え入れられるわけはなく、所長は
一通一通に事情を書いてお断りするか、待機をお願いする
しかありませんでした。

  入所者たちは比較的長期の方も短期のかたもおられますが、
人生という旅の途上の渡り鳥が傷ついた羽を休める小島の
ような役割を「いのちの家」は果たしています。しばし休み、
人と自然との交流のなかで傷ついた羽を休め、元気を
取り戻して旅立っています。

  しかし傷ついた鳥たちはいつも穏やかで静かなわけでは
ありません。母親に糧をねだって鳴き叫び、時には糧を
奪い合って争うこともあります。母鳥は飢えた小鳥たちに
「言葉」の糧を与えるべく日夜奮闘をしています。

  この癒しの小島は支援者たちの海に囲まれています。
母鳥はその祈りと励ましの海から「言葉」の糧を拾い出して
与え続けています。この「いのちの家」という小島が支援者
たちの豊かな海に囲まれ続け、母鳥が「言葉」と「糧」とを
与え続けられることを願っています。

   2003年9月    い ず み  5号 
                     NPO小諸いずみ会「いのちの家」会報 より

 



 



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